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デスク記事

2009/03/04

 噂(うわさ)と言う文字は、口が尊いと書く。しかし噂話は、とかく尊くないものが多い。「噂をすれば影がさす」という諺(ことわざ)があるが、その意味は「ある人の噂をすれば、当人がそこに現れる」と言うこと。何かにつけて噂話は、それが真実みたいになって広がってゆき、そして噂された当人にしてみれば全くもって迷惑な話なのだ▼しかし「人の噂話ほど面白いものはない」と良く言われている。昔の井戸端会議≠焉Aそんな所から生まれたのだろう。マユをしかめながら、さも気の毒そうな表情をして、その実心の中では興味心をくすぐられ、そのうち話に尾ヒレがついて、噂話は独り歩きする▼昨今のような世情になると、発信元がどこか分からないまま噂が噂を呼んで、真実がどこかへ消え、虚構のみが風のような早さで広がってゆく。しかも困ったことに、やがてその虚構が現実の姿となって具体化してくる。噂の恐ろしいところだ▼「火のないところに煙は立たず」とも言われるが、噂は火をおこす元凶にもなりうる。煙が見え始めると、その下に火があることを想定し、噂は次第に膨張し、悪魔の姿を現す。プライバシーに関することなどは、最も人の興味心をそそるのだろう▼しかし良く考えて欲しい。噂の発信源になり、人様のことをあれこえ詮索(せんさく)することにエネルギーを消費する人は、いつの間にか自分の足元が見えなくなっているものだ。こんな諺がある。「因果応報」・。善悪の業に応じて幸不幸がもたらされるーと言う意味。他を詮索し、無責任な噂を流す人には、やがて同じような噂が返ってくる。それは、自らが起こした煙であることを自覚すべきだ。他を尊重することが自己を守りもすることを、心に持ちたいものだ。